ニジェール、心に浮かぶ風景 1

ニジェールの思い出をつづった文章です。
いくつかは、北日本新聞のコラム「世界に夢架け 青年海外協力隊の活躍」の一部として掲載されました。(タイトルは原文のまま)

 

「ニジェール、心に浮かぶ風景」2001年4月25日掲載

「ニジェールという国に行きませんか。」青年海外協力隊に参加しようと受けた試験の面接でこう言われた。
ほんとうのところ、この国がどこにあるかさえ知らなかった。思えばずいぶんと傲慢な始まりだった。
しかしどれほど説明されたとしても出かけていく前の私には何も理解できなかっただろう。
西アフリカ、サハラ砂漠の南、世界でもっとも暑い国のひとつ。こう言ったところでニジェールという国の何がわかるだろうか。このささやかな文章もニジェールの姿の一部しか伝えられないのだが、それが本当のこと、実際に出会った人について書かれたものである限り書いておく意味があると思いたい。

私の思い出すニジェールは赤茶色だ。土地は砂地で、舗装されていない道は砂場のようだ。風が吹けば部屋の中もざらざらになった。
私の朝は朝食を食べに行くことから始まる。起きるとすぐに身支度し、家のガルディアン(ガードマン)に「ボンジュール」と挨拶し鉄の門を開けて外に出た。
近所のヤギや羊がトコトコと歩いているそばを歩いていくと、朝食を売る人々がもう火を起こしたり、鍋を並べたりして客を待っている。
私は「エル・ハジ」と呼ばれていた涼しいまなざしのマスターがいるカフェの常連だった。バゲットパンとティオレがいつものメニューで、時には近くで揚げているマサ(ミレットのお好み焼き?)をパンにはさんだ。
外国人、女性、およそ異質なこの客をエル・ハジはまったく自然に扱ってくれた。四十代初めだろうか、穏やかな話し方や、どこか優雅な物腰がなんとなく私を安心させた。父が訪ねてくれたときザルマ語で「アイ バーバ(父です)」と紹介したところ心からの尊敬をこめて握手をしてくれた。敬虔なイスラム教徒にしてみたら、異教徒であっても一家の父という存在は尊敬に値するものと考えてくれたのだと感じた。
心に残るこのような風景が私の中のニジェールを今も輝かせてくれている。